奄美民謡。美しいオーケストラの『よいすら節』
冬はずっと古いジャズのラジオを聴いていたのですが、暖かくなってくるとちょっと気分に合わなくなってきました(ホットジャズと言うだけあって)。
そんなことで春夏のプレイリストを作ろうと、過去の再生リストをあさっていたらこの曲が出てきました。『よいすら節』。管弦楽をバックに演奏されているものです。
交響譚詩「ベルスーズ奄美」3 合唱無し版 山畑馨作曲 - YouTube
去年スマホで奄美のFMばかり聞いていた頃に見つけた曲なのですが、久々に聴いて、あらためて美しいなぁと思ったので書いておきます。
『よいすら節』は奄美の有名な島唄で、これまでも聴いたことがあったのですが、島唄を聴き慣れていない自分としては特に印象に残ることもなく、「なるほど。島唄だ」という感想くらいしかありませんでした。
ところがこれは管弦楽が伴奏というちょっと変わったパターンで、一度聴いただけで非常に印象に残りました。
調べたところによると、NHK交響楽団出身の山畑 馨さんという方が公演された『交響譚詩「ベルスーズ奄美(奄美の子守唄)」』の一部分のようです。
唄と三線は奄美でも人気のある唄者坪山豊さんで、くるくるとコブシ(グィンと言うらしい)がまわりながら高音に上がっていく感じがなんとなくせつないです。
管弦楽の伴奏が心情的な部分が強調しているようで、西洋ルーツの音楽に慣れている現代人でも、島唄の背景が読み取れるような感じがします。
変なたとえですが、管弦楽の伴奏が自転車の補助輪の役割を果たしている感じでしょうか。この演奏を聴いた後に本来のよいすら節を聴くと、少し島唄に近づけたような感じがします。
こちらも奄美で名人と謳われる武下和平さんのよいすら節。
女性の唄声もいいです。
ウィキによりますと、
兄弟または海に出た男性を守護する、姉妹に宿る霊をなり神(姉妹神)信仰に基づく唄である。艫に止まった白い鳥ををなり神の象徴として捉え、吉兆とする。
ということで、おめでたい曲のようなんですが、なんとも哀愁を感じます。
一時、奄美や沖縄の民話に興味を持って図書館で借りて読んだりしてたんですが、そこでもウィキにあるような、舟出する男性たちを島の女性たちが祈ることで護る、といった話が多くあったように思います。
危険な海に出る男性と、それを見送る女性の心細さみたいなのが曲の中に込められていて、それが哀愁を醸し出してるのかなぁという気もします。
じっさい奄美や沖縄には、ノロやユタといった巫(かんなぎ。祈り手?といいましょうか)がいらっしゃるのですが、そのほとんどが女性とのこと。母系社会でもあるらしいのですが、そういった男性が海に出るといった事情と関係あるのかもしれません。
ところで村上春樹さんも『村上さんのところ』で、各国各地の神話には人類に共通するものがあるんじゃないかとおっしゃってたのですが、奄美・沖縄の民話においても、この男女が夫婦であったり兄妹であったり、あるいはどっちとも取れるケースもあったりと、本土の日本神話に通じる混沌さがあってちょっと不思議な気持ちになりました。
そういった深淵に触れる感じが、この哀愁の理由だったりするのかな、という気がしないでもありません。
ちなみに坪山豊さんは船大工兼業で、42歳デビューの遅咲きの唄者とのこと。かっこいい! 唄などの芸と生活が共存してるのはある意味理想的だなぁ、などとも思いました。